■新しい音と音楽の生成方法(アトラクター逆変換技術)について

この記事は2010年に初掲載した「■【第一章】〜■【第二章】アトラクター逆変換の発想にいたるまでの経緯」の改訂版です。初稿版は以下リンクをご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/TatsuyaDejima/20100709/1278680184

■【第一章】〜■【第二章】アトラクター逆変換技術の発想にいたるまでの経緯

新しい音と音楽の生成方法について
A Novel Approach to Create Sound and Music

Tatsuya Dejima

Abstract. This paper studied the relationship between chaos attractor obtained from time series of sound and its historical effects. We studied reconstructed chaos attractors in phase space from time series of sound data according to Takens embedding theorem. It was based on the fact that historical memory being hidden in the time series recorded during past time. It hence should have intrinsic relationship to mind and body information. Especially we expected to create the music to impact mind by adjust chaos attractor structure in the way to simulate the attractor with wishful feelings. We investigated the created voice on the basis of adjusting orbits of chaos attractor of original voice. Finally we took reverse transformation from the adjusted attractor back to a new time series of voice, leading a naval sound or music. The new produced voice was expected have rich feelings being able to give different effects than normal ones.

Keywords: Chaos, Music, Sound, Reverse Transformation, Attractor, Time series, novel method, mind, brain.


■はじめに
この記事は、著者、出嶌達也が行ってきた「アトラクタ逆変換技術」についての理解を深めるために作成されたものである。

一変数の時系列データからターケンスの埋め込み定理を用いてアトラクタを作成し、このアトラクタから元となっているデータの状態を解析する非線形解析法が実用化されている。
アトラクタの一つの点は遅れ時間分離間したデータを1グループとして一つの空間に表現するものであるが、この点の連なりの意味するものは人間が今を過去に照らし合わせて認識するという動作に照らし合わせることができる。
例えば、所定の音高の連なりである音列を認識する場合、今聴いた音に対して、前の音やその前の音を照らし合わせることにより、今の音の意味を認識していることは自明である。とすると、一変数の時系列データから作成された3次元空間に描かれたアトラクタの一つの点は、過去を参酌するといった人間の認知の特性を簡潔に位置で表現したものといえる。さらに、このアトラクタの一つの点が膨大な量集まって出来上がったアトラクタの軌道そのものは、この人間の認知の変化という見方をすることができるため、情動に深く関わるものではないかという考え方ができる。
音声からアトラクタを作る試みは、過去の研究が知られており、アトラクタを観測することによりは音声の中に含まれる非線形的情報を抽出することできる。また被験者の疲れを検出したりすることができる。
著者は、このアトラクタが心身の状態に関わっているという過去の事例に基づき、波形や音楽データから生成されるアトラクタが心身に関わっている可能性があると考えた。また生成されたアトラクタの軌道を任意に編集したあと、ターケンスの埋め込みの逆変換を行うことによって新たな波形や音楽の生成を試みることで、元となっている音や音楽の心身に関わる影響の変化を調べようとしている。

■音や音楽について

■音の良し悪しからきた素朴な疑問
著者は、これまで自分の音楽活動において、人間に対して効果的な作用をもたらす音を探し求めるうち、波形に含まれる「有機性」という著者なりの抽象的かつ感覚的な成分の存在に気がついた。「有機性」とはアートの世界で使われる「有機的」と同じものと考えていただいてよいと思う。たとえば、DAW(Digital Audio Workstation)で用いられるヒューマナイズといわれる機能で作りだされる「人間らしいゆらぎ」や、自然や生物が持っている特有かつ共通のルーツを感じさせる状態を言う。理由は後述するが、この「有機性」の中には「カオスあるいはこれに順ずるゆらぎのメカニズムが共通かつ大部分を占めているであろうと考えている。そして著者は、この「有機性」というものが人に対して影響を及ぼすメカニズムについて思いを巡らせるうちに、新たな音や音楽を作る発想を閃くに至った。それが他の章で紹介しているアトラクタ逆変換という技術である。第三節までは著者がこの発想にいたるまでの経緯を説明していきたいと思う。
さて、著者はこれまで、ただ、良い音、良い音楽を創るために活動してきた音楽家であり音の技術者である。そんな著者はある日、たまたまテレビの教育番組でカオス回路の音を聞く講義を見た。その講義はカオス回路が発生する信号を音にして聴いてみるという内容であった。著者はその音がテレビのスピーカから出てきた瞬間、今まで自分が求めていた音に共通する成分がその音に含まれているのを強烈に感じたのである。
その成分は名機といわれているマーシャル(登録商標)製のギターアンに含まれている音であり、まるで布切れを破るような音、もしくはタイヤがキュルキュルとスリップする音にも近い成分の音であった。ギターアンプとカオス回路が深い関係にあることを発見したのである。
このとき、実はすでに世の中には誰も想定しない場面でカオス回路(厳密にはカオスに近い回路)がいたるところで出来上がっており、もしかしたらギターアンプのような真空管を含むアナログ回路などでは自然とこの作用が出ているものがあると推測した次第である。別に自分は回路そのものにはそれほど興味はないが、良い音となれば別であった。
自分の信条を効果的に表現してくれる音との出会いは作曲家にとってはインスピレーションを彷彿させるためにとても重要なファクターである。そのとき著者が聞いたカオス回 路の音は間違いなく脳に対して強い印象を刻む音というふうに捉えられた。もちろん普通の人には「ふ〜ん、こんなもんか」程度だと思うが、これが音楽表現で は非常に重要かつ人の心の印象に残る音なのである。この理由は後述する脳の音の処理との関係を比べながら述べたいと思う。
まずは、「良い音」と「有機性」について、本文献での定義を定めたいと思う。

■良い音の定義
音楽の専門家である作曲家が言う良い音とはなんであろうか。
ここではまず「良い音」という定義をすることで特に「良い」の解釈がぼやけないようにしたいと思う。人によっては「良し悪し」は主観的なものであるというのが一般論であろうが、もっと立ち入って考えてみた。
作曲家が良い音と一言でいうと、曲をより効果的に表現できる音であることに間違いないだろう。その音は、一言でいうと「目立つ音」(=強い印象のある音)であり、それは耳をとおして脳が目立つと感じる音である。作曲家は 快、不快にかかわらず、脳がその音を目立つと感じる音を効果的なフレーズを用いて、かつ効果的と思われる音色の中でも特に厳選した「目立つ音」を使用する。たとえば草原をイメージするような楽曲をより爽快に聞かせる部分では、爽快な音の中でも顕著に「目立つ音」(本文献でいう「良い音」)を利用すれば、 非常に効果的にリスナーに爽快感を伝える表現が可能になる。また不快な表現(たとえば戦闘シーンや危険なシーン)の音楽を表現しようとすると、不快な音の 中でもさらに「目立つ音」を使用すれば、不快感がより増強され、より迫力のある音楽が製作できる。さらに「目立つ音」があるおかげで、相対的に「目立たない音」も出現し、音の目立ち度を利用して音楽を多彩に表現することも可能となってくる。この方法はたとえば、時間経過によって音質が変化するような使い方 である。
このように目立つ音は、作曲家の必要とする、「目立つ〜目立たない」までのダイナミクスの広い表現を可能にすることができる。そのため、「使える音」「良い音」などという表現が一般的になされ、重宝される。この「目立ち度合い」は大小さまざまであるが、作曲家は今まで経験的にこの度合いを見抜いて音色選択をしてきた。大抵の場合、単音での演奏であれば、他の音がないので目立つのは当然である。しかし単音であっても曲の中で目立つ音が大きくだせる必要性はある。また、ほとんどの音楽は和音の部分が存在し、こうなると音同士が混ざることで、単音で聞いたときよりも音ひとつひとつの目立ち度は低減する。作曲家はこのような和音の中においてもその楽器の存在が表現できるような音はどのような音であるか経験的に選択することができる。
しかし、この音そのものは非常に希少であり、さらに経験に熟練がない者には見つけ出すことは難しく、その結果、一般の人は自分で探し出し、また音の専門も技術者であっても容易に見つけ出すことは困難であった。このため多くの人に「良い音」を提供することも困難であったと言える。その要因としてはまた、「良い音」のメカニズムが不明であったのと、良い音の中の「遺伝子」のような要素の存在の気づき、そして確認と継承が できる環境がなかったといえるだろう。もしたまたま一度良い音が手に入ったとしても、それをそのまま利用することしかできなかった。この目立つ度合いを保 持しながら他の音を作り出す概念や技術すら存在しなかったのである。現在では音の「キャラクター」については、音に含まれる周波数やエンベロープの変化が音の「キャラクター」を決定づけるところまではわかっている。またこれについて変更を行う音色作成方法も公知である。この方法についてはいずれも、経験豊かな耳で聞きながら、本来その音のもつ「性格」が失われないようにイコライジングエンベロープの調整(=以降サウンドトリートメントと称する)を行っているものの、まだまだ不十分であるのは一般論としても明白だ。
たとえば今持っている「良い音」を利用して、この良い部分を可能な限り継承させるべく、さらに、新しい音を作り出したいと思っても、その継承さ せる部分が抽出できないため、どのようにサウンドトリートメントすればよいかは、手探りになってしまい、熟練者であっても困難を極める。したがって、音楽 そのものを発展させ、世界文化の進展に寄与するためには、もっと良い音を手軽に作り出すアイデアが望まれているのである。
後ほどご紹介する音作りの方法であるアトラクタ逆変換による波形生成は、「良い音」=「有機性のある音(カオス性を持つ音ももちろん含まれる、アートの中でいう有機的とか有機性ということばとカオスが完全一致していないかもしれないのでこのような表現とした)」という前提条件の上にたって考えられた。そして音の中の有機性を見つけ出すための一つの手段としてターケンスプロットを 行っている。そして視覚情報として得られたアトラクタを確認し、そのアトラクタをその音色の「有機性状態」としてとらえる。なぜ、アトラクタがその音色の 「有機性の状態」としてとらえることができるのかは後述する。従来の音色の作成方法としては周波数成分ごとのレベルを変更したり、あらかじめ準備しておいた要素波形を用いる波形合成方法などを行うことが主流であった。もしくは計算式から波形を発生させる物理モデル音源(数理モデル音源)というものがある。
これらの波形生成方法はもうかなりふるい技術となっているが、著者は2001年ごろからこの方法とは異なる方式の音源が作れないか考えていた。 それは脳の解釈に沿った音を発生させる装置である。これは元となる音色波形を一度とりこんで、そのなかの脳に印象を与えるような遺伝的要素とも思える音の 印象を、聴覚的かつ視覚的に抽出し、これを継承しつつ新たな波形を生成することが行えないかというものである。とくに生の楽器に直結するような音について多くの音楽家有機的な音であると表現する。他の分野のアートにおいても自然と深くかかわる成分は有機的であるという表現が一般的に用いられている。
すなわち著者だけでなく、多くのアーティストが、音の有機性を見つけ出し継承することに一定の価値を見出している訳であるが、では音に有機性があるとなぜ「よい音」と言えるのかは、まだ十分解明されておらず、これをきちんと説明する ことは難しい。ここについてはかなり著者個人の冒険的な推測によって持論を展開することになるが、お付き合いいただきたいと思う。
有機性の定義
まず有機性の定義であるが、「なんらかの法則がありそうな複雑なカンジとか、生々しいカンジ」。ということにして話を進めたいと思う。音の有機性、作品の有機性、現象の有機性などいろいろな使い方をする。
世の中では、この有機性については無機性に対しては少なくとも人間の脳に親しみやすいという意味で「親和性が 高い」とある程度抽象的に一般には解釈されている。先に述べたように脳に対して「目立ちやすい」ということは、それ以外の刺激(データ)にくらべて、相対 的に目立ちやすいということであり、その副産物として心の印象に残る(記憶されやすい)ということになると著者は考えた。つまり「目立ちやすい」という効果 は人のこころにずっと残るような印象を刻みやすくする効果があると考えられる。
特に音楽のような音の表現の分野においては、奏でられた音楽が心に残ることであり、それがレクイエムのような暗い曲であっても明るい曲であっても、心に残るということが良い曲であり、よい音であるといえる。すなわち、人が聞いて、明確に心に残ったところで(明確に記憶されたところで)それが「目だった」という自覚にいたると考えられる。
著者自身は目立つ音とはどんなものがあると思っているかというと、例えば、波の音、鳥のさえずり、タイヤのキュルキュル音、赤ちゃんの鳴き声、 よがり声、スリガラスや黒板をつめで引っかく音、息を吸いながらの発話、などである。これらの成分を料理のスパイスのようにうまく使用すると様々な音がで きると思っている。ここから「なんらかの法則がありそうな複雑なカンジとか、生々しいカンジ」をつかみとっていただきたい。
■音や音楽に関する脳内の現象について
■なぜ脳が有機性を好むと思うのか?
ここからは、著者の考えであり、推測であり、また閃きからくる話になる。著者は脳が有機性を好むと感じている、しかし脳が有機性をもつ現象についてなぜ良いと感じるのかのメカニズムは、いまだ十分解明されていない。しかし著者なりに脳の状態を推測し、その推測したメカニズムからあらたな方法で音作りできないかを考えてきたからこそ、今回のアトラクタ逆変換の発明につながった。著者の考えでは、脳が有機性についてなぜ良いと感じるのかは脳の記憶のしくみを解釈し、さらにその記憶に作用する入力信号(刺激)との共振作用(振動工学での共振、脳の刺激に対する共鳴もしくは共振作用、カオス回路同士の共鳴など(似たカオスシステムが同じような振る舞いを見せること))の存在があるというように仮定し、これによる刺激の増大による快感、不快感物質の発生があるために良し悪しの変化が生まれると考えている。このような発想を自覚かつ受容することができたので、アトラクタ逆変換の有用性の発想につながったのである。
あくまで推測なので抽象的かつ概念的な説明になるが、単純モデルとして考えると、脳の感じ方(刺激の認知)というのは、音楽の効果付加に使用される双方向デジタルディレイのようなフィードバック回路を有するモデルに似ていると考えている。この構成は楽器業界では物理モデル音源で愛用され、すでに公知の技術だ。
もちろん実際には脳はそんな単純ではないことはわかっているが、単純化したならこれに近いだろうと思っている。さらに、脳そのものは、録音ス イッチがずっとONになったレコーダーとも見て取れる。人間が感じたものは、ずっと脳の中のレコーダーに記録され続けている。デジタルビデオのようにそこ にあるものがすべて平等に整然と記録されているのではないが、入力される刺激の種類を常に過去の情報と比較、分析しながら、脳は入力信号をしっかり記憶すべきか、いい加減でよいか判断しながら休むことなく記憶を続けている。これは普通の人であれば、皆が日々体験していることであり、とりたてて、詳細に述べ る必要もないであろう。今の状態を判断する場合もその瞬間のその情報だけを感じているのではなく、少なくとも脳の中の過去の情報に対しての相対として今を 認知しているということも、自分の体を思い浮かべれば誰でも感じることはできるだろう。
■脳についての著者の見方
人の脳には1000億個の神経細胞があるといわれており、脳内の神経細胞樹状突起というというアンテナのようなものが延びていてこれが次の神経へと伝達物質をつたえている。この機能的な神経単位をニューロンと称している。神経細胞神経細胞の間にはシナプスという隙間があり、その神経伝達物質に適合する受容体(レセプター)がその信号を受け取る。シナプス神経細胞の数より多く100兆個以上あるといわれており、神経伝達物質も1000種以上あるといわれている。すなわち脳の細胞体からは樹木のように樹状突起が何本も出ていて、これがシナプスという隙間を介して他の脳細胞へと接続されているのである。神経伝達物質はその物質によって肉体や精神への影響が異なっていることがわかってきているが、概して、脳細胞を興奮させるか鎮めるかなどの役割を持っているところまでは公知であるようだ。
そこで、著者のさらなる見方だが、このシナプスは電子回路でいえば、スイッチというふうに見て取れる。デジタル回路がスイッチを利用したカウンターやフリップフロップから始まっていることを考えると、このシナプス神経伝達物質はスイッチとして動作し擬似カウンターや擬似フリップフロップとして機能している可能性があるのではいかと思っている。(0と1のデジタルではないだろうが)これらが組み合わさることと、細胞の分裂、成長によって複雑な脳内回路が組成できることも容易に想像できる。
また、実際には一定の空間の中で細胞がつまっているわけであり、ひとつの細胞の周囲を他の細胞がとりまいている。各々の細胞の結合の力はさまざまであり、このさまざまな強さの結合(時には切断、消失されているであろう)があるからこそ、自ら組織化するような組成が進み、個々の回路や記憶装置として働きはじめ、ゆくゆくは進化してきたのだと推測している。
人間が行う通常の回路の設計は設計者の設計思想に基づいて行われるが、脳の場合は、入力される刺激が過去の情報について判断しながら脳自身が自分の回路を刺激の強弱などに応じて接続すると考えている。脳神経回路には勿論電子部品はないが、シナプスと情報伝達物質は各ニューロンから隣のニューロンへの情報が伝わるスイッチもしくはアンプのようにみなせる。また電子回路のようにデータが伝達される信号経路と、制御信号が伝達される制御経路が別に存在する可能性もあるだろう。これらは専門家によって、後々解明されていくだろう。
著者の考えでは、少なくとも、過去に記録されている情報は今の情報を記録するとき(きちんとしたメモリに記録される前に)バッファのようなメモリに一時記録され、脳内の過去の情報について照合すべく、検索、判断、整理されて新情報として記録され続けると考えている。電子回路でCPUが 使用するワーキングエリアのような場所と完全に記憶するRAMもしくはROM(本能的な部分はここか)のような場所があることも自分自身の記憶を自覚して いるなら誰でもわかる。また刺激に対する脳の反応も自分の反応を注意深く観察していればすぐにわかる。まったく新しい刺激が入ってくると厳戒態勢をとりな がら注目するし、ある絶対安全とわかっている場合に刺激が入ってくるとそれに対して自ら感度を高めもっと大きな刺激を得ようとする。あまり注目しても意味 のない刺激には感度は低下する。このように、すくなくとも自分の脳は見えないけれど自分の行動パターンは誰もがわかるため、脳がその行動を司っているということが正しいとされている以上、脳の反応状態もある程度容易に理解できる。
■脳の神経回路の発達についての著者の見方
ここで、このように脳の細胞の中で記憶がどのように行われるかを考えてみる。脳内のニューロンは 頭蓋骨という有限な空間の中でとりあえず、ぎっしりと存在している。そして隣同士はとてもゆるやかに(情報が伝わりにくい状態で)存在しているものと推測 する。これは、筋肉のように骨をささえる役目はなく頭蓋骨にぷかぷか浮いている状態であるため、もともと筋肉のように隣同士しっかり結合する必要はないと いう理由からこう考えた。このような隣同士ゆるやかな結合状態があるからこそ脳は隣り合った細胞同士の結合の強さを変化させて、あるときは結合を密接にし、あるときは希薄にしているのではないかと考えられる。
これは、体育館に他人同士が突然ならべられたとき、近くの気の合う人とだんだん顔見知りになり、隣の人が情報源になって情報経路が作られてい くのに似ている。体育館の入り口は脳に接続された入出力部というふうに考えられる。ここでわかっているのは、すくなくともだんだん物(細胞)は隣同士に「引き寄せ」られ、つながっていき、どうも回路の始まりみたいなのができそうだということである。この細胞の接続状態はランダムではないということがわかる。もしこれらニューロンが非常に正確な形状かつ体積かつ、全方向への引き寄せ力をもっていると仮定したならば、最初は整然とならんでいるといえよう。そしてランダムか、まったく有機性が感じられない回路というにはランダム過ぎたものができあがるかもしれない。
しかし人間はすでに分子、細胞という有機的な物質から形成されており、ニューロンそのものもその有機性に影響を受けた有機性をもつ回路構成にならざるを得ないと考える。すなわち、脳内で形成される神経回路はどのような有機性があるかわまったく不明であるが、すくなくともカオス理論で定義されているカオスすなわち「決定論的システムから得られたようなニューロンの結合状態があり、完全なランダムでない」ことに気づいた。
■刺激に反応して成長、増殖する脳についての著者の見方
このような脳の状態が整っていたとして、外部から刺激が神経回路を通じて入ってきた場合、その刺激は電気的刺激なのか科学的刺激なのか(著者にはどっちでも良いが)わからないが、接続が密接なところにその刺激が伝わる。またその刺激はその刺激レベルが上がる(すなわち神経伝達物質が運ぶ、電位やイオン濃度などの変化だろう)するはずであり、その後刺激がなくなると刺激レベルは下がるということが推測できる。この状態は見かけ上、ロープに波が伝わり、終端で反射するようなイメージに近いかもしれない。もしくは、ループやらせん状になっているかもしれない。そして、筋肉と同じように刺激があると、さらにそのつながりが強くなり、しっかりとした回路を形成すると考えた。また、シナプスを 介して接続され始めるときには、「刺激のもっとも伝達が早い、もしくは容易もしくは近いルート」が選ばれると考えてよいだろう。これは遠いルートであれ ば、「伝達経路の引き寄せ」が弱くはたらくと考えられ「引力は距離の2乗に反比例して弱くなる」ことを理由に必然的に生じると考える。もちろん、一端回路 が出来上がると、細胞が 成長して距離が遠くなろうとも、接続を切らないよう手を伸ばしていくであろう。さらに接続が出来上がるとそれを他の刺激から守る被覆のような機能ができる のではないかと推測する。この回路に関係のない刺激が来たときに、他の刺激でその回路が乗っ取られて、摩り替わることを抑制する機能である。電気回路でいうと、電磁シールドやコードの被覆にこれがあたる。これは、人が怪我をしたとき表面がケロイド状態になった後に皮膚ができて、外乱(例;ウイルス)に強くなったようなイメージだと著者は思っている。
このようにニューロンが刺激によって次々と接続を繰り返し樹状のような形でクラスター化(集合化)し脳神経回路が構築されていく。(以降このかたまりを説明するときはニューロンクラスターと称する)そして、その神経回路は時には制御回路となり時には記憶回路となる。
すなわち、その構成はスイッチを利用したデジタル回路が論理回路として複雑に組み合わされていき、やがてCPUやメモリなどに作りこまれるのと全く同じでないにしても、近い形で作成されていくと思われる。
また一度記憶された情報はその神経回路が機能している間は消すことは不可能であろう。しかし使わないことによってその回路への接続が弱体化し、細胞同士の接続が希薄になり機能が弱まることは十分考えられる。
また、先ほどの被覆についても性能の大小があると思われ。一方のニューロンクラスターに対して他方のニューロンクラスターから遮断できない程度の神経伝達刺激がやってくると部分的にニューロンクラスターの一部の細胞が影響されることも懸念できる。すなわち「神経回路における刺激データのクロストーク(まわりこみ)現象」が非常に微細だが発生せざるを得ない状況にあると考えることができる。
このクロストークは複数の神経回路に対して相互に及ぼすとすれば、出力とみなせる刺激が再度入力にまわりこんだり、ある部分同士は回路が癒着するように接続されたりして脳内の信号に対して再度影響を与えるべく「フィードバック」のような現象を引き起こす。
そしてこの現象は脳の中のいたるところに存在することも明白であろう。すなわち「クロストークとフィードバック」という機能が加わることで、細胞そのものが本来持っている有機性のみならず新たな有機性を発生させるメカニズムがあるといえる。
神経回路は細胞同士がつながっていくわけであるが、このつながる(=縁を結ぶ)という動作に加えて著者はこのクロストークとフィードバックという条件が有機性を生み出す必要条件となっているものと考えている。このように考えると、脳の回路がなぜ強力な有機性を持っているのかが見えてくるのである。
■記憶の仕組みについての著者の見方
さらに脳は前述のようなクロストークとフィードバック、そして神経回路の接続という現象があるという前提で、記憶がどのように行われていくのか話を進める。
ある刺激が脳に伝わると、近い部分の細胞が前よりも密接につながる(縁をむすぶ)。これは物理的に癒着するという意味ではない。情報を伝達する機能的な接続である。事実シナプスはそのようになっているのである。シナプスを介してその刺激を伝える情報伝達物質(電子やイオンなど)は同じ回路を行ったりきたりしながら往復するか、回廊をまわるように繰り返し伝わると考える。そのような刺激が何度も同じ細胞をわたりあるくうちにその部分の細胞が密になると考える。記憶をするためにフォーカスした伝達経路である。
この部分を著者は「ニューロンクラスターにおける「記憶の軸線」」として定義したいと思う。この「記憶の軸線」は刺激があるとかなり速い速度1秒以内に初期段階で形成すると思われ、線というより、一定の物質の配列ではないかと考えている。なぜ一秒以内かというと、自分が記憶するに必要な時間からこう考えた。(これは「軸策」ではない。)  
そしてそれだけでなく、この「記憶の軸線」近傍の細胞も大なり小なり刺激の影響を受けることになり、その細胞ともやがて手をつなぐことになる(縁が増殖する)。おそらくこの「記憶の軸線」上の細胞とそれ以外の細胞の結合力を比較すると、「記憶の軸線」同士のほうが強くしっかりしていると考えられる。ちょうと水道ホースに穴が何箇所もあくかのように、刺激エネルギ(伝達物質の濃度かもしれない)が分散するためにある程度弱い結合の細胞がこの「記憶の軸線」の近傍に「引き寄せ」があったところのみ結合が生じると考えている。したがって、脳の中の神経回路(細胞のつながり)は、少なくとも、「記憶の軸線」という神経経路を基幹として、枝もしくはそれに類する結合状態がその周辺を取り囲んでいるものと推測した。(その姿は顕微鏡でみればわかるだろう。)結合が強ければさらにその先の細胞も結合するだろうし、一箇所から2箇所に分岐する場合も考えられなくはない。この結合した神経の状態はとても長いぶどう(特にデラウエアや海ぶどうのような)の房があったとして、その枝のような形をしているのではないかと想像している。もしくはこれに類する形状にならざるを得ないと考える。 
この形そのものも、ある程度の有機性をもっている(これは細胞の有機性に依存した有機性であり、脳の神経回路の動作そのものが有機性をもっていることではない)ことになる。この時点で脳の中に有機的に見えるぶどうの房の枝のようなもの(もしくはそれに近いようなもの)が神経回路として存在するであろうことを理解されたいと思う。
そもそも、人間の血管や他の神経をみてもわかるように、フラクタル形状のような軌跡になっているので、脳の神経もそうなっているわけである。
そしてこの軸線を中心として構成される有機性をもったニューロンクラスター自体の回路そのものに情報が記録されているといわざるを得ないことになる。また記憶の最小要素はおそらくRAMのように電子の存在を記録するというよりニューロンの配置による各経路の伝達関数の差異によって、記憶が可能になるのではないかと推測する。
経路であれ、電位であれ、どちらにせよ、この有機性が強調された脳の神経回路にて行われている記憶について考えると、「記憶そのものは有機性を持つ」と考えてよいと思われる。
脳は記憶および信号処理ベースとしてこのような有機性をもった神経回路の集合体であることをまずご理解いただきたい。ただ、著者の考えでは、脳の有機性はこれで終わりではなく、前述した、脳の回路のしくみによってさらに有機性が発生する回路が組まれているということころをさらに説明したいと思う。
有機性を生み出すための脳内の必要条件についての著者の見方
まず、さらなる有機性を作り出すのに必要な条件を述べる。わかりやすくするために、もともとニューロンそのものには有機性がないものとして話をすすめる。(細胞の有機性も加味して話を進めるとニューロンクラスターの回路から生じる有機性と混同するため) それでは必要な条件であるが、まず細胞が「増殖」するとことが必要である。さらにニューロンに対する「刺激」が必要である。次にニューロンを「引き寄せる」力、これは以下「縁」と称する。次に「刺激によって縁をむすぶ機能」である。刺激がくるとその部分を増強してしっかりつなぐ機能であり「補強力」と言ってよい。これによりニューロンは最初、一直線に数珠のようにつながっていくだろう。
次に「有限」という概念が必要である。物質がいくらでも増えることができず、「増殖のための空間が有限」であるという定義である。この概念は非常に大切であり、有限があるからこそ有機性ができあがると考えてもよいくらいであると著者は考えている。(クロストークもフィードバックも十分な空間が与えられていればそれぞれの回路の距離が遠くなり生じにくくなるはずだ。)「空間が有限」という条件を採用すると、一定空間にニューロンクラスターを詰め込むことになり、回路の密度を上げるために、必然的になんらかの効率的な収納構造が必要となってくるはずだ。たとえば螺旋構造などは効率がよさそうだ。また、神経の末端は他の神経とつながり、ループ構造になりやすいと考えられる。
また、細胞の「増殖」というものが行われているが、有限というものが定義されると「増殖」の一方で「消滅」もしくは「縁の解消」ということが必須条件になる。ここでニューロンの増殖過程において説明しやすくするためにゴム動力飛行機のゴムをまいていく状態をイメージしていただいて説明を進める。ゴムが今回、つながった数珠であると想定する。プロペラをぐるぐるまいていくとやがてゴムに「こぶ」ができる、そのこぶはもっとプロペラをまくともっとおおきなこぶになっていく、すなわち、回転エネルギーが蓄えられていけばいくほど、らせん状 になったゴムがさらにおおきな螺旋を描き、さらにそれよりも大きな螺旋を作っていく。この状況が、有限(ゴムの一定の長さ)が定義されたところで生じると 考えている。(スケールや複雑度は違うが)ゴムの場合はこうであるが、このように有限である部分に増殖を行わせると脳のしわもそうであるように、複雑なカオスアトラクタ形状やフラクタル構造に似た形状をしながら増殖していくように考えられる。この集合状態は前述のニューロンクラスターの「クロストークとフィードバック」を構造的なカオス性をも付加しながらさらに促進させると考えている。すなわち一定の容量の中でニューロンクラスターが成長すると、高密度になっていくが、ランダムにフィードバックがなされるわけではなく、螺旋なら周回ごとの近接点同士におけるクロストークによるフィードバックが生じるなど、一定の規則に従って信号が行き来し、神経回路の信号の状態はこの影響を大きくうけるのだろう。
このような有限環境の中での細胞の収納状態は、さらに有機性を高めていくものであると考えている。(高密度に細胞を収納する方法はこのようなこぶの成長スタイルのみが最適とは思わないが、あくまで増殖していくものが高密度に収納されていく様を理解し複雑なクロストークとフィードバックが発生しやすい環境ができるイメージとしてとらえていただきたいと思う)実際には脳のニューロンの細胞の結合状態は表面積の確保の必要性とか、各器官からの神経の伝達経路の短縮化などの都合などによってベストな今の形になっていると推測する。)
以上のように、脳には細胞そのもののカオスと、神経回路の形としてのカオスと、回路の中の信号から生じるカオスの3つからなり、カオスの塊という解釈をしている。それゆえに、カオス状態を広くうけいれる受け皿があるという見方をしている。
■脳は常にフェードバックを行っており1テンポ遅れて認知している
上記より、脳のニューロンクラスターが有機性を発達させてきた条件としては「縁」と「増殖」と「有限」という概念が抽出できる。これらの条件を満たしていくためには、もちろん時間の概念も必要になる。「縁」がありニューロンクラスターは 大きくなっていくが、有限の中で自分を残そうとするには、「縁」を制御しなくてはならない。この制御こそが、ある一定の時間を置いて今を見直すという行為 であり、必要不可欠なものである。(芸術的アプローチではこれは間であったり休符であったり、休息であったりする。)過去の情報に基づいて、今の情報をどう処理するかを制御しなくてはならなくなるのである。
「フィードバック」作用は物理的にも存在することは前にも述べたが、さらにフィードバックのような作用が行われるとしたら、それには時間の概念(過去と現在)が必要になってくる。最短であってもフィードバックすると1ステップは遅れるのは誰でもわかるだろう。
脳の場合は、自分の頭の情報の処理を見つめてみれば誰にもわかることだが、脳に刺激が伝わった直後にはまだ、この情報が何者であるかはまったくわかっておらず、過去の情報(脳に記憶された情報)と照らし合わせてはじめてなにであるかを認識し、これを現在と認識している。
つまり、今生じたことを生じたと理解しているように思う意識は実際には数ミリ秒くらい過去のことではないかと考えている。誰もが事実これを自分の思考を集中させ、照らし合わせて考えればわかるであろう。
今わたしの文章を読んでいる時も同じことを脳で処理しているはずだ。
以上のことをまとめると、「縁」と「増殖」と「有限」が時間の概念の中で増殖しようとすると「フィードバック的な制御」が必須条件となるということが必要と考えられる。そして、フィードバック制御ができる条件が脳には整っていることは前に述べたとおりであり、物質的にも必然的にもフィードバックは脳内のいたるところで発生していると言い切ることが可能となる。
ここまでが、脳が細胞のみの有機性以上に、はるかに有機性をもつという著者の見方である。
さて、ここからは、さらに飛躍的に考えるが、脳の有機性と数学的にカオス性を示すことが発見されているロジスティック関数にシフトして考えてみたいと思う。
ロジスティック方程式よりもはるかに脳は複雑な動作をしているだろうが、有機性を発生する理由を説明するには十分であると考える)もともとロジスティック方程式は微分方程式として、19世紀から知られていたが、写像として時間を離散的にすることで、極めて複雑な振舞いをすることが1976年ロバート・メイによって明らかにされた。これについて次の項目で述べることにする。
有機性を生み出すロジスティック方程式の説明
以下のロジスティック方程式の情報は公知技術であり、誰でもその情報は入手できるが、おさらいのために記載してみる。

x(n+1)=ax(n)(1-x(n)),a>0

ロジスティック方程式は生物の個体数が世代を重ねることでどのように変動していくのかのモデルとして説明され、「決定論的システムから得られたようなデータ(状態)を作り出せる数式」として有名である。
ここでaは繁殖率、Xnがn世代目の個体数を表現している。
Aは繁殖率であって、a<3のとき 個体数Xnはある一定の値に収束する。
3≤a≤3.56995のとき Xnが2つの値をくりかえすようになる。さらにaを増やすとXnのとる値が4つ、8つと増加していく。
3.56995